So-net無料ブログ作成
検索選択

エヴァンゲリヲン破 TV版 [movie]

asuka_.jpg

先日放送されたEVA破TV版、最後のカオルのセリフ後に新作部分を何分か入れるかな?と思ったら、次回予告がアスカ全面で新しくなってましたね。約15秒。

EVAのサイトのトップページがTV放送のアナウンスと同時くらいに眼帯したアスカのイラストに変わり、最後何か重大なことがあるとアナウンスしていたので、おそらく新作部分はアスカだろうと皆思っていたでしょうね。眼帯をしてガムテープで仮補強したようなアスカ、背中に背負っている槍は「破」の最後に初号機を貫いたもののよう。

今回のTV版で公開されたカット、いろんなことがグルグル回りました。映画の「破」の中で死んだ(?)のは式波アスカで、「Q」で登場するのは前劇場版でエヴァシリーズにぐちゃぐちゃにされた惣流アスカなのでしょう。弐号機も破損部分があるみたいなので、前劇場版でやられた状態でそのまま出てきた様子。

レイとシンジでサードインパクトを起こそうとしたのを今回カオルがストップかけたこともあって、今のところ主導権はカオルなのだろうけど、そのままじゃいかないはずだよね。アスカがカオルと対決していくとか??

劇場公開版の次回予告で出てきたまるで初号機のようなエヴァ Mark.6。あれも実は前劇場版の初号機なのではないの???月で作っていたやつですよね。映画の中で月に横たわっていた風船人形のようなのは前劇場版のリリスなのかと?目玉のようなのが下に1つありますね。

前の映画との絡み方がわからなくなりました。そうすると、新しく登場したマリはカオルと同じような人工の使徒なのか??いないと今回の映画が成り立たない程、重要なポジションなのでしょうね。

来年秋までおあずけなのがつらいところです。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画:オーシャンズ [movie]

oceans.jpg
 観てきました。やはりこれを観ている時に比較してしまうのが、以前映画公開されていた「ディープ・ブルー」。「ディープ・ブルー」が英国BBC製作なので、仏製作の「オーシャンズ」はそれに対抗した作品なんだろうな?と。出てくる映像もかなり似ているところがあって、同じ映像ソースなんじゃない?と思ってしまうのですが、仏がBBCの映像を使う訳がないのですよね。「ディープ・ブルー」が撮影7年、撮影フィルム7000時間に対して、「オーシャンズ」は撮影4年、撮影フィルム479時間。どっちに軍配を挙げるかと言えば、私は完成度から「ディープ・ブルー」の方。


『それは、ある少年の一言から始まったーー「海って何?」』

 ある少年というのが映画オーシャンズを撮った監督の息子で、映画に出てくる父と息子がこの親子らしいですね。明らかに演技している映像はこの手の映画にはいらないと思っている派なので、導入部から海へと繋がっていく部分はいいとしても、途中の父息子の映像は完全にいらないんじゃないか?と。観終わってから監督が自分の息子のために、自分の息子を使った映像と知って「なにそれ?」と思った訳です。

 映画途中でCGバリバリ使ってあるのも納得がいかない。ドキュメント映画にタイトル以外にエフェクトはいらないと思っているので、「あ、CG使っている」と感じた時点でさーっと引きました。そうすると、最初のロケット打ち上げが画面の丁度中央にきていることや、アップになったアザラシ(?)の目にそのロケットが映り込んでいるスゴイ映像も実はCGなんじゃないか?と思ってしまったのです。すべての映像がCG疑惑になっていく。

 ただ、良かった点としては、人間が海とどう関わってきているかの点を示したこと。「ディープ・ブルー」は海のすごさだけに焦点を当てている気がしましたが、人間が海に対抗するのは無理よね?と思わせる映像があります。それと、海の立場から人間の営みを映した映像。人間がフカヒレを取るだけにサメをとって、すべてのヒレだけ切り落として生きているまま海のポイと捨ててしまうあのシーン。サメは泳いでいないと死んでしまうのだけど、すべてのヒレを切り落とされているので、落ちて海底で窒息寸前でアプアプしている。この映像はかなりショッキングでした。

 それと、よくあるテーマソングというやつ。平原綾香&藤澤ノリマサ「Salling my Life」、映像から何かを感じ取る映画に日本語の言葉によるメッセージはいらないのです。最後これが流れてきた時点でなんか恥ずかしくなってしまった。「感動の押しつけ」のような気がするのです。
 
 
 
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画:アバター [movie]

avatar.jpg  観ました。予想を裏切らず、いい映画でした。ジャンルはSFなのでしょうが、明らかにスターウォーズなどとは違う、きちんとした映画です。この映画を支えているのが、衛星パンドラの設定のしっかりとした作り込み。それをさらにリアリティを持たせているのが質感のあるCG。私が観たのは2D版でしたが、3D版は観なくても別にいいかな?と思えるほどです。2Dでもしっかりとパンドラの世界観・空間は感じられ、3Dのイメージできるほど。3D版は映像に酔いそうで、かなり消耗するかも。もうCGはこれ以上の技術はいらないんじゃないか?と思えるほどでした。下のリンクは映画:アバターの裏話です。

  映画関係論 - 映画製作現場の裏側:アバター [アメリカ映画(10s)]
  http://filmmania.blog.so-net.ne.jp/2010-01-14

 映画の内容をウルトラ簡単に言うと「人間 vs 先住民」。人間が自分たちの勝手な都合で住んでいる所に押し寄せてくる話。舞台となる衛星パンドラの生命全体を繋ぎ合わせるネットワークとキロ20億の鉱物、もし後で作るならばどっちが大変なのかといえば前者の方なはず、というか前者の方はまず不可能。比較できない対象だけど、どっちに価値が高いかといえばネットワークの方でしょ?しかし、本当に価値のあるものと、企業としてお金になるもの(お金にならないものには価値を見いださない)、この異なる2つの価値観が理解し合えることはまずないのだと思う。これって世の中あちこち普通にある対立だなと。地球の中の一部分であることを忘れてしまった人間のエゴ、「自分さえ良ければ」の今の世の中そのままでした。

 自然の一部であることを忘れずに生きている先住民ナヴィ、鉱物を手に入れるためには手段を選ばない人間。主人公の元兵士、車椅子のジェイクは向こう(ナヴィ)とこっち(人間)をあれだけ頻回に行き来して、あの生活の落差ならどっちが本当のアバターなのかわからなくなるのも無理はないよね。映画後半になり、ジェイクはどうするの?あの神経接続をするための施設がなければナヴィとしてはそこにいられない。戦いに勝利して「人間」を追い出したとしても、その設備がいつまで使えるのか?電源は?周りは毒ガスだよね?しかも常時アバターでいられる訳でなく、リアルな人間としてはどうするの?思いましたが、最後はなるほど納得の終わり方でした。

 先日のニュース「台湾で映画「アバター」鑑賞の男性が死亡。「刺激的な内容」が原因?」と。基礎疾患があったとはいえ、3D版で亡くなった方がいたというのもわかるなと、観ている最中にふと思いました。それだけのめり込む映画なのです。
 
 
 
nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画:エヴァンゲリヲン破 [movie]

eva201.jpg
 あー、かなり雑!(笑)

 観てきました。いやぁすごかった。映像表現と演出の仕方がものすごい丁寧になっている気がしました。キャラクター自体の絵柄が以前の劇場版と比べてシャープに整った感もあり、絵柄も皆優しい表情になりましたよね。使徒との戦いなんかすべてにおいて圧倒され、なんか違うエヴァを観ているようでした。今までのエヴァはどちらかというと人間関係が陰性だったけれど、今回:破で「人を信じれる・大切にする」という方向にシフトしているのが明確になった。これは物語に深みを与えるインパクトが非常に大きいと思う。あのネガティブな突き放す人間関係の物語は万人にオススメできる世界ではなかったはず。しかし、今回「序・破」で初めてエヴァを観るという人でも、かなり入れ込める映画の作りだと思う。しかし、今までのエヴァを観てきた人の方が楽しめるというのは間違いない。

 今回初登場のマリがいい味。仮設5号機はあそこで使徒とあの場所を破壊するためにあったのですね。ゲンドウと冬月が宇宙から見た時に地表で、ものすごいことになっているところがあったけど、あの場所はマリが破壊した場所なの?マリが赤いエヴァと普通にシンクロできるところ、戦闘に対しての狂気さなんかも含め、アスカの母親のクローンでしょうね。今回から名前が変わった式波アスカ、名前が変わる理由があると言っていたけど、死んだのは惣流のクローンでしょう。次回「Q」の予告で出てくる左目眼帯アスカ、前劇場版で生きていたオリジナル(惣流)なんでしょうね(前劇場版でエヴァシリーズに左目やられて最後押さえて「殺してやる・殺してやる」と言っていた続き)。

 青い海はセカンドインパクト以前だった海と加持が説明していたけど、、、。海が赤くなった原因の前の劇場版「Air / まごころを君に」で起こっている一連の事柄は一言でいうと「サードインパクト」なんだよね?「序・破」のスタートは前劇場版の続きなのか?TVシリーズと同じ時スタート(セカンドインパクト後)なのか?うーむ、、、わからない。前劇場版の続きならば、あの主人公たちが導いた結果がシンジとアスカが残って「気持ち悪い」から、主人公たちの記憶などをリセットして、多少フレンドリに設定し直して「さーどうぞ、設定変えたらどうなる?また自分たちでやってみて」という流れなのか?少なくともカヲルは前の記憶が残っているようだし。尺の都合もあるのだろうけど、今回はすべての使徒を倒すことが人類の生き残る策ではなくなっている気がするけれど?、、、今回観終わった感じが、「えー、Qからまた同じような人類補完計画が始まるの?」と。

 誰かと話したくてしょうがありません。

 いろいろ考えてみても、そこまで監督が整合性を練り上げて4連作に取り組んでいるのかが気にかかるところ。どうなんだろ?なんかまだラストは考えてない気がするけど。




nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画:グラン・トリノ [movie]

grantorino.jpg
 クリント・イーストウッド監督は相変わらずスゴい映画を撮るものです。しかし、私は前作「チェンジリング」の方が好き。「硫黄島からの手紙」「チェンジリング」を作りながらこの映画を練っていたそう、すごい人だ。

 観終わった後に書店に行ったら、雑誌「ユリイカ」でクリント・イーストウッド特集が。主人公ウォルトが住んでいるあの場所、働いていたFORDの従業員のための住宅地だった所という設定だそうです。で、会社の業績縮小で空き家になった所に安く中国系の人たちが住むようになったのだと。それがウォルトは気に入らない。不器用なまでにウォルトはそこにこだわっていたのですね。そこは映画では説明がなかったけれど、あーなるほどと思いました。

 映画のコピー「俺は迷っていた、人生の締めくくり方を。少年は知らなかった、人生の始め方を。」もうこの言葉につきますね、この言葉でこの映画はすべて納得できる。映画としてラストをどう着地させて終わるのか?と思ったけれど、あの幕の引き方、もうあれしかない。倒れた後になって「あーそうか!なるほど」と気づいた私は鈍いですか??

 しかし、姉のスーに起こった事件は「オイ、ちょっと」と、、、。そこが唯一この映画で不快に思ったところ。その後彼女は再起不能なくらい相当ダメージあるはずなんだけど、ちょっと軽く描かれているかなぁと。でもあーでもしないと、その後のアクションの強さに結びつかないんですよね、、、難しいところ。
 
 次に観るのはコーエン兄弟の「バーン・アフター・リーディング」だ。
 
 
 
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画:チェンジリング [movie]

change.jpg すごい映画をクリントイーストウッドは作ったものだ。これが実話だというところの重さはハンパではなく、PG-12というのは納得のいくところ。観終わった後なんでこんな重い気持ちになるのかと考えると、おそらくこの事件の渦中に巻き込まれてしまっているように感じるから。決して重いだけの映画ではなく、母親の強さだったり決して自分を曲げない貫き方だったり、主人公だった当の本人はそこまで意識してなかったでしょうが、結果的に社会のあり方まで変えてしまう人間としての生き方を考えさせられました。しかし辛い日々だったと思う、、、日常生活に戻りつつあるかと思えば事件の方に戻されたりして、私たちもかなり揺さぶられます。

 主役のアンジェリーナ・ジョリーは、観れば「あ、アンジーだ」とすぐわかるのだけど、その1920年代の役柄に抵抗感もなく雰囲気充分。すんなり受け入れられるのですよ。それでいて華があって、どこにいるのかすぐわかる。これはかなり絶妙な配役です。すごい、すごい。映画の中の彼女は泣いているシーンばかり、観ている方としてみたら彼女に同情するよりも、それ以上に腹がたってしょうがないことの連続。時代的には何でもアリだったんでしょうね。その流れに逆らおうとしても無理なはず、ここまで落ちたら普通もがいても光は絶対見えてこない。しかし、どん底まで落とされても彼女は変えない、変わらない。やはり貫くエネルギーだったんでしょうか??事件自体が1920年代なので、実際もうこのアンジーが演じたお母さんは亡くなっているはず。絶望の中での救いや希望、最後どんな気持ちで人生を終えたのか?複雑な思いで映画館を出ました。

 人が何を観ようと構わないのだけど、これから凱旋ロードショーされる某邦画よりも断然こっちの方がいいと思うのは私だけ?某邦画は観てない、けど元ネタの本は既読。その職業としてのあり方を本で知ってしまえば、敢えて映画を観なくてももう充分(妻も読んで同じことを思っていたらしい)。賞をとったのは映画そのものの出来ではなくて、扱った素材のすばらしさ日本独特の文化が外国人に物珍しく、それが評価されたたような気がするのは偏見ですか?だってこれ日本人にしか撮れないもん。日本人がサムライ映画で外国の賞をとるのは邪道というのと同じ気がする。
 
 
 
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画:少年メリケンサック [movie]

syoumeri.jpg
 観てきましたよ。私がパンクロック聴き始めて約20年、これが「日本初のパンクロック映画」となれば観なくてはなりませぬ。まぁホント面白かった、声出して笑った。さすがクドカンと言わざるを得ません。

 確か映画の中で少年メリケンサックが解散したと言っていたのが1981年(?)、70年代のパンクロックと言えば今とはかなり違ってかなり暴走していた頃。そこら辺の荒くれぶり、今はもうパンクが忘れてしまっているアナーキーさがよく出ていると思う。パンクがダメな人やお上品な音楽しか聴かない人には受け入れられない映画かもしれないけど。メリケンのVo.ジミーを演じた田口トモロヲ、彼はパンクバンド「ばちかぶり」の人。なんかTHE STALIN(ザ・スターリン)の遠藤ミチロウみたいに見えた。映画で写真も出てましたね。遠藤ミチロウは佐世保に何回か来たけど一度も観たことなし。THE STALINと言えば、女子大の学園祭のライブでミチロウがステージ上でうんこして、それを客席に投げたなど様々な逸話が(っていうかスターリンよぶ方が完全に悪いと思う、それで怒っちゃいけない)。昔スターリンを何度聴いてはみたものの、私はどうしてもはまらなかった。

 メリケンの代表曲?「ニューヨーク(?)」ってSEX PISTOLSの「God Save the Queen」みたいな感じでしたね。ツアーを始める少年メリケンサック。ユースケが演じる社長が宮崎あおい(かんな)に言った「何で初日名古屋から始めるのかわかるか?」、スクリーンからこう言われて私が思ったのが「そりゃパンクと言ったら名古屋だろ」と。そうしたら次に社長:「名古屋はパンクの老舗だからだ。STARCLUBとか原爆オナニーズとか」と。おおー!まさかTHE STAR CLUBとthe原爆オナニーズの名前が出てくるとは思わなかった。ジャケットの写真も出て来たし!

 THE STAR CLUBオリジナルメンバーのEDDIEは、現在のthe原爆オナニーズのベース。日本パンク界の重鎮:原オナのBa.EDDIEとVo.TYROWは日本現役最高年齢のパンクロッカー。今の私のベース(コア)を作り上げたのが「原オナ」。昔のTHE STAR CLUBなんか今の人は聴けないよな、、、なんかうれしくて、帰る車の中で自分が作ったCD(スタークラブ・原オナ)聴いて帰りました。(次はこの記事!ここ

 今回もまた佐藤浩市(高円寺のシド・ビシャス:アキオ)がかなりいい味だしてます。この人はすごいよね、何の役でもできる。かんな(宮崎あおい)に対しての「(彼氏)チンコでっけぇのかよ」のセクハラ連発(笑)も笑ったけど、田辺誠一(TELYA)の「アンドロメダおまえ」のGacktぶりはぶっちぎり凄かった、、、今レンタルされているナビゲートDVDにはこの曲まるまる1本PVが入っているとか?これは観てみたい。
 
 いやぁ、こんなにおもろい音楽映画はありませぬ。観ておくれ。
 
 
 
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画:ブタがいた教室 [movie]

pchan.jpg 映画「ブタがいた教室」観てきました。いやぁ、考えさせられる1本であることは間違いないです。この映画に対して、私は批判的なイメージは持ってませんが、子どもにとってあの授業が良かったのか?悪かったのか?判断つきません。様々な選択肢どれもが間違いとは言えない気がします。まず「いのち」自体を授業に使ってしまったこと。でもそうでなければあそこまで真剣に涙を流すまで考えたりしなかっただろうこと。小学6年生には酷すぎるのではないか?と頭をかすめたけれど、この時期にここまで真剣に「いのち」について考えたという体験を得たことは重要だったのではないかな?とも思いました。先生が書いた原作も気になるところです。
 
 人間は他の命の上に成り立っていることを忘れすぎていて、「命=私たちの糧」と結びつかない生活をしている。日本では今は死が生活とは別のところにあるのですよね。死についての捕え方と、「愛着がある・ない」で「殺す・殺さない」がなんか同一線上にない気もします(あ、なんかよくわからない)。でも、飼っている家畜をすべて食料として認識するのも「愛着」がなさすぎる。名前をつける、愛着を持つというのは擬人化することですよね、生活を共にしてきた豚のPちゃんを食肉にするのか?自分たちが結論を出すのを逃げて次のクラスに渡すのか?そこを小学6年生にリミット決めて結論出させるのは酷だったのかなぁ、、、。頭グチャグチャ、、、

 絵本「 いつでも会える」菊田 まりこ著 学習研究社刊だと、生きている間は実体としての物理的な距離は越えられないけど、亡くなった後は思い出としていつでもどこでもその人に会えるのだと解釈できます。映画を観ていてこの本をふと思いました。

 最終的にクラスがどう結論付けたかは書きませんが、Pちゃんをどうするのかの議論はシナリオを白紙の状態で撮ったというだけあって、子どもたちのやりとりはすごいものがありましたね。こちらも胸が締めつけられ、子どもたちの姿に涙が出てきます。

 この映画を観た後にグルグル回るものがあって、翌日図書館から借りてきたのが、本として評価の高い「世界屠畜紀行」内澤旬子著 解放出版社刊。これを今読んでます。これは、か・な・り面白い。映画でグルグルの部分が、ストンと腑に落ちますが、しかし、ここで書くと映画の中で描かれていた部分の外に出るので、次の記事「本:世界屠畜紀行」にて。
 
 
 
nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画:WALL・E [movie]

 確か公開直前くらいに朝日新聞のレビューで、最後に「骨太の映画だった」と書かれていたのを記憶しています。「あ、そうなんだ」と観てもいい選択肢に入りました。ホントは今月一番観たかったのは「特命係長 只野仁」(笑)、モタモタしているうちに娘が冬休みになり、、、。エロシーンが必ずあるはずなので(確信!)娘を連れていく訳にはいかず、それならWALL・Eだねと。

 映画始ってからずーーっとセリフというセリフはなし。映像と音で展開していくけれど、何も戸惑うことなくすんなりと理解できるまでに表現されたCGには圧巻です。もうすでにくるところまでキタ感がありますね。これから先、CG表現はどうなっていくのでしょう?

 WALL・Eの健気さ、サビ色具合がウチのシマ三毛猫のグーちゃん、すぐカッとなるキレ具合がウチの白猫てっちゃんとダブってしょうがありませんでした。この映画のベースになっているのが環境問題。テクノロジーに依存し、快適さを極限まで追い求める人類へのアンチテーゼ、破壊してしまった環境復元までテクノロジーに頼ろうとする姿、これを子どもから大人まで楽しめるように作り込んだ映画だと思います。人間のキャラクターが前に出て来てないからですかね?あまり評価されてない気がするんですけど、、、

 そうそう、ウォーリーってMacOSで動いていたというのが驚き。再起動時に出す音があの「ジャーン」(笑)。2度程映画の中でやっていて、その度にニヤけてしまいました。意外とパーソナルレベルでのプログラムだったりして。最後、ウォリー全パーツ交換(?)で再起動した時に以前のメモリが消去され性格が無機質に変容していたのを観て、「え?ウォーリーの中にはゴーストが存在するの?」と思いましたが、元の性格に戻ったのであの性格はプログラムか、、、と。いや、でもプリセットのプログラムなら変容する訳ないので、無機質な方がプリセットであの健気さはゴーストということですか?そういえば、ウチに文庫で「機械の中の幽霊」ってあったな、と。Amazonで調べたら、この「ちくま学芸文庫」のが中古で¥7,000〜(!)高いのは¥50,000(!!)。ウゲー!新品扱いがなかったので、すでにこれは廃版ということなんですかね。
 
 
機械の中の幽霊 (ちくま学芸文庫)

機械の中の幽霊 (ちくま学芸文庫)

  • 作者: アーサー ケストラー
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1995/06
  • メディア: 文庫


 
 
 
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画:長江哀歌 [movie]

movie_c.jpg
 10/31〜11/3まで開催されたアルカス佐世保での「アジア映画祭vol.8」、闇の子供たちともう1本、3日の「長江哀歌(ちょうこうエレジー)」に行きました。

 中国三峡ダム建設によって水没し、自分ではどうすることもできない運命に流されていく人たち。この映画は三峡ダムくらい圧倒的なものがあってこそ成り立つ映画。完成するとダム湖は上流600kmまで及ぶという圧倒的な破壊力、人間の人生くらい木端微塵に粉砕します。ダム湖が600kmですよ、東京ー大阪間よりも長い!なんじゃそりゃ!とスケールの大きさにイメージできません。実は、ダムの谷に水が満ちると、水の下の地殻にかかる応力に大きな変化が生じて地震が起きるという説があり、四川大地震の原因は三峡ダムなのではないか?ということも言われてます。
 
 中国四千年の歴史がそうさせているのか?ダムに沈むはずの鉄筋コンクリートの建物をひたすらハンマーを振り下ろしてチマチマと破壊していき、それを仕事としている人たち。そのまま沈めたらダメなのかい?原始的な方法で仕事をしているのもカルチャーショックでしたが、いつの時代だよ!というような前近代的な世界が広がっています。が、しかし皆携帯電話は普通に持っている。え?あの昭和初期のような場所でアンテナあるの?というのに驚き、なんかわからないけど、昼食では狭いところで、同じように上半身裸で同じものを同じように食べる。私たちにはわからない民俗的なものなのか?ひたすらハンマーは雄大なのかアホなのか?かなり理解に苦しむところでした。妻は込み上げる笑いをこらえるのに大変だったそうです。「女にはわからんよ、男の人が好きな映画なのかもしれないね」と。
 
 こんなことを書いてるけど、私的にはこの映画はかなり評価高いです。時代のうねりの中で生きようとしている人、おそらく三峡ダムではこのようなドラマが無数にあったのでしょう。それをこちらに訴える訳でなくニュートラルに表現しているところに好感が持てました。先日観た「闇の子供たち」よりもこっちの方が私的には評価高いのです。
 
 
 
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画:闇の子供たち [movie]

movie_y.jpg
 長崎市では上映が始まりましたが、佐世保では公開の予定なし。10/31〜11/3までアルカス佐世保であった「アジア映画祭vol.8」の中で2回上映されました。2回目:11/2夜の回に行きましたがほぼ満員。前日(土)昼の回は立ち見が出たそうです。

 原作小説のスゴさがそのまま映像化できる訳なく、演じている子供たちへの負担を考えるとかなりマイルドな演出だと聞いていましたが、そこは「これくらいかな?」と思っていた通りのマイルドさ(原作と比べて)、しかし子供たちは頑張っていて大丈夫かいな?と心配になる程でした。やはり子供たちは言葉が出なくなるような大きなストレスを受けてしまったそうです。妻は原作を読んだら立ち直れなくなるからと言い、ドキドキしながら映画に来ましたが、観終わってかなりショックを受け凹んでました。原作読んだらおそらく立ち直れないでしょう。

 私は原作を読んでしまっているだけに、どうしても映画単体としての出来はどうなのか?というところでこれは及第点までという厳しい評価になってしまうかな、、、。問題提起という意味ではかなり波及効果があると思いますし、社会に与えた影響はかなりのものだったでしょう。じゃあ現実はどうなの?と思っても知る手段や方法はなく、すべては闇の中なのですよね。原作で充分伝わります。原作を読まないならば、これは観ておくべき映画です。

 途中、子どもの臓器移植を受けさせる親:梶川のところに直接乗り込んで行く新聞記者:南部・清水、NGO職員:音羽、この辺りからのくだりは小説の雰囲気とうまくマッチングしているように思えました。しかし、ええええええ”!となったのがラスト。小説とは結末が違うとは聞いてましたが、深くつっこまない関わらない、記事として社会に提示する姿勢に徹するということかと想像してました。ちょっとあれはないんじゃないかい。記者として追っかけているうちにそうなったと??最後ですべてひっくり返された感が、、、
 
 あと、エンディングの桑田佳祐さんの曲、なんでこの人のこの曲なの?という疑問が。書き下ろしていたと思うけど、、、なぜか詞が映し出されるけどイマイチぴんとこない。あのラスト後のエンディングスクロールは、インストで楽曲のみの方が余韻を引っぱるんじゃないかと思うとかなり悔しい終わり方の気がします。会社同士の絡みなんでしょうかね。前に劇場で観てすばらしいと思ったエンディング曲は、映画:陰日向に咲くのケツメイシ「出会いのかけら」。この人も私の聴くアーティストではないけど、これはイイと思いました。
 
 
 
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画:パコと魔法の絵本 [movie]

gama.jpg
 先月(10月)、何を観に行こうかとグズグズしているうちに月末、結局娘と一緒に「パコと魔法の絵本」に行くことにしました。映画自体の評判はいいということでしたが、あの極彩色と強烈なキャラクター群、途中CGと人間とが度々入れ替わるという謎の展開?それだけでおなか一杯にさせる映画じゃないか?正直、娘が楽しめればいいだろうと思ってました。平日水曜日の昼間ということもあり、入った客は私たちと母&息子の2組だけ。

 映画始まって数分、いやぁこれ選んで失敗したかもしれない感がムクムクと。ふざけた感じの展開についていけません、、、過激なキャラクターばかりで、隣の娘はどう観ているのだろうか?ということばかり気になってました。導入部はかなりダルかったのですが、ストーリーが転機を迎えるのが大貫がパコを殴り倒すところから。殴り倒した時は「アイタ!やっちまったよ!」と心臓バクバク気持ちブルーMAXでした。そこからはあれよあれよという間に気持ちアゲアゲでいつの間にか涙ウルウルの展開に。ウルウルだけど途中爆笑!後ろに座った母子も爆笑してました。これはもうシナリオの作り方が抜群にうまいです。登場人物がそう過激である必然性、場面場面でツボを押さえるキャラクター作り、いやぁウマすぎるとしか言いようがありません。

 霊安室の室外機ファンが回ったのだから、だれかが死ぬとなったら筆頭は大貫だよね。おそらく全力で演じ切ってサマークリスマスの後死んでしまうのだろうと思いきや、死んでしまうのはパコ。ええええっ!さぁそこで映画を観ている私たちの最大の関心事は「大貫はパコの頭の中に残ることができたのか?」ということ。最後ベッドに寝ている時に大貫がほっぺを触らせてくれと言うということは、その日はクリスマスの後ひと晩以降だということなんだと理解しました。倒れたのがサマークリスマス当日その日ならまだ記憶があるはずなので、ほっぺに触るという行為はしないはずですもんね。最後死ぬ直前に手を伸ばしたパコ、大貫がガマ王子に見えていたので、パコの中では「ガマ王子とザリガニ魔人」が記憶の中に残っていたということですね。

 何故パコが死ななくてはいけなかったか?映画関係であちこち見ていて「おおー!」と思ったのが、パコは事故の後遺症で自分の誕生日という日をグルグルとループしていた。それがパコの頭の中に残りたいと一生懸命になるが故、ループが解けて1歩先に踏み出すことになってしまい、皮肉なことにそれが死へのカウントダウンになってしまったということ。なるほど、脳がダメージを受けていることもあり、パコのすぐ隣に死があったのだけど、同じ毎日を繰返していたから届かずにいたということですね。これは納得でした。

 文庫になっていたはずなので、映画終わって本屋に行ってパラパラめくってみたら、これって最初舞台だったと、どうりでシナリオの練り方がハンパじゃなくすごいはずです。小説版は細かいところが映画とはまた違うようですね。パコが死んでしまうところも、大貫が最後ほっぺにさわって「おじさん昨日もほっぺにさわってくれたよね」と言って息をひきとったんじゃなかったっけ?(すでにウロ覚え、、、)眠るのではないので、最後パコは大貫の記憶を持ったまま死んでいったというように書かれてあった気がしました。でも確か映画のようにガマ王子には見えていないはずでしたよね。うーむ、今になってやっぱりこれもちょっと読んでおくべきか、、、
 
 
 
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画:腑抜けども、悲しみの愛を見せろ [movie]

腑抜けども、悲しみの愛を見せろ 原作読んで、次に速攻映画借りてきましたさ(笑)。舞台なら著者である彼女が演出するだろうけれど、映画は違う人が監督なはず。あの原作の雰囲気をどう映像化するのか、とても気になったのです。
 
 
 オープニングから明るい雰囲気で、あれ?澄伽が何か明るすぎないか?と思いましたが、徐々に本領発揮。いつの間にか小説の澄伽ときちんとオーバーラップ。登場人物それぞれ、基本的にやっていることはクレイジーなので、全体としては意図して逆に軽い感じなのですか。映像で見せるので、こんな小説のような内面の描写は難しいのかな。待子の「期待しない」絶望感とか、もうちょっと前に出してもよかった気がしますが。待子のエジプト行きのエピソードはさらっと流されてましたよね。何故突然エジプトに行かされ「雨降らせるまで帰ってくるな!」だったのか、これ人間関係がわかった時に「あーなるほど」と思ったので印象に残ったのだけど。原作の緊迫感は薄れてましたが、これは本谷有希子の「腑抜けども、、、」でないというところで意図したことなのかな?
 
 
 ラストはやっぱり引き込まれました。で、原作の澄伽が「終わる。終わる。終わる。、、、、」とツキ抜けてしまった後、映画ではその続きがあって「おー!」。結果として澄伽の毒気を打ち消す形で終わりましたね。あれはあれでOK。
 
 
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画:アイアンマン [movie]

ironman.jpg

 私の中でアメコミ映画は、キャラクター主導でストーリーは二の次という感がすり込まれています。基本的に観ないのですが、スパイダーマン2・3では「漫画の実写化」でなく「映画」になっているとアメコミ映画を再評価でした。しかし、いくら再評価といっても、これをドラマ映画として観ようとしたらガッカリ感MAXです。やはりアメコミ・フィクションの枠は出ず、その上での評価ということです。この映画はスパイダーマン2&3が楽しめた人はイケるでしょう。

 一言でいえば、いやぁ面白かったですよ。この主人公が、ストーリー上どうにでも理屈をつけられる超能力の持ち主でないというのがまずOK。主役のロバート・ダウニー・Jr、映画ゾディアックでの酔っ払い新聞記者役をやっていて、あの飄々としていても深みがある燻し銀の演技はかなりの好感度。彼が主役ということ、予告で私の中の観る気増大です。珍しく1日でも早く観たいと思い、火曜が休みだったので一人で行ってきました。佐世保で一番大きいスクリーンだけれども客は10名くらい。でも「おー、入っている」という感じです(笑)。

 現実にはあり得ないところが数々あっても、ストーリーが単純に逃げない(「えー!そんなのアリかよ!」ということ)姿勢はよかったですね。アイアンマンがVer.1・2・3と上がっていくのも楽しい。自分一人でロボットやこういうパワードスーツが作れたらいいなと男の人なら小さい頃思ったことありませんかね?Ver.1の誰も寄せ付けないメカニカルな基本性能、圧倒的な装甲と破壊力、武骨な姿もシビレましたが、Ver.3を地下室でコツコツ作っていく過程はかなり興奮ものでした。あんなのを作り始めたら楽しくて寝ないで没頭だよね。最後に出てくる敵のパワードスーツ、あれは漫画APPLESEEDのギュゲスよ。自分の会社が作った兵器をぶっ壊してまわるのが目的のアイアンマンだけど、終わってみると映画の中で破壊したのは1ヶ所だけ。おいおい残りはどうするのだ?

 ストーリー最後の記者会見で社長が「自分がアイアンマンだ!」と暴露。兵器産業を辞めその社長がアイアンマン、素性がばれた上で、これから各地にあるスターク・インダストリーズ社の兵器をぶっこわしに回るとして、どう「2」の映画で盛り上がる筋道をつけるのだろう?今回アイアンマンVSアイアンマンはやってしまったし、、、と期待しました。が!エンディングスクロール後に出てきたパート2への付箋。スクロール後に言っていたヒーロー戦隊の「アベンジャーズ」に参加の話。えーーー!パート2はアイアンマンでなくてヒーロー戦隊かよ!!もうちょっとアイアンマンだけの映画を観たいのだけど?

 裏側を書いて圧倒的な映画ブログ:映画関係論・映画製作現場の裏側:アイアンマンでは、メインキャストは3部作に出演するオプション契約を結んでいると。アイアンマン2の全米公開予定日、その後のアベンジャーズの公開のことまで書いてます。できればアイアンマン3までやって完全燃焼させてもらってからアベンジャーズに行ってもらいたい。でもね今回ラストのセリフでアベンジャーズの話を言ってますからね、、、一抹の不安。

 アイアンマン2の日本公開は2010年夏というところですか?今度は平和のために、あちこちの兵器をぶっ壊して回ってほしい。兵器産業から平和産業への転換をして、スターク・インダストリーズ社の雇用確保(最強兵器にもなるアイアンマンを製産する訳にはいかないよね、どうする?)と株価アップをめざしてもらいたい。次回が楽しみです。




nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(2) 
共通テーマ:映画

映画:グーグーだって猫である [movie]

moviegoo.jpg
 9/21(日)は長崎駅前アミュプラザの8周年、中に入っているユナイテッドシネマもこの日は終日¥1000均一。佐世保で上映予定のない「グーグーだって猫である」を家族3人で観に行きました。上映開始時刻は10:00と13:15、後の回に行こうとしていたら、猫がらみで緊急に対応しなくてはいけないことがあって、それが終わってから長崎まで高速でぶっ飛ばし。映画¥1000円だったけど、高速代で逆に高くつきました、、、。別の日でもよかったんじゃないかと、、、まぁ、娘には「今日行く」と言ってあったので大人の都合で変更するのはかわいそうかなと思って。すでに上映開始時間は過ぎてました。席も一番前しかないと言われ、角からスクリーンを斜めに見上げる形。後ろを見たら満席です。

 主演の小泉今日子さん、大手新聞の読書欄にも書評を書かれたりするし、俳優としての地位もできてますよね。元アイドルだけど変に今を隠さず、今その歳の自分を要求されているということに素直に演技できるのは好感持てました。

 この映画は猫好きにはたまらないでしょう。映画に出てくれた猫は全部スタッフのところに引き取られたそうですが、あれだけかわいらしい顔していたらそりゃ引き取り手もあるというものです。猫好きの中では語り継がれ地味に残っていく映画なんじゃないかと?。「健康で生きて、最後自分のところで天寿を全うしてほしい」というのは飼っている人にとっては皆思っている願いでしょうね。「いつの間にか私はあなたの歳を抜いていた」「気づかないでごめんなさい、人間はそういうところ鈍感な生き物なの、、、」 そうだなぁ、と。すでにウチで飼っているネコ:てっちゃんは私の歳を抜いているんですよね、、、

 グーグーが追っかけていく白猫がウチの「てっちゃん」にそれはもうそっくりで、娘と妻ふたりはスクリーンに出てきた時には椅子の上でジタバタ悶絶(笑)。そのシーンだけで終わるかな?と思いきや、度々出てくるのでその度に声にならない声、隣でその姿を見て笑いました。妻はホールを出た後「DVD出たらてっちゃんの記録として買いだ!」と言ってました。妻がセルDVDを買うというのはよっぽどのこと。この前が映画「めがね」でした。

 原作知らないのにあーだこーだ言うのは違うかもしれないけれど、今回映画として観た時に私の中で減点対象だったのが2点、死神はいらなかったことと、前の飼い猫「さば」の人間になった姿での対話はいらなかったんじゃないかと。その2点で急にこの物語が「おとぎ話」になってしまったのです。自分の今飼っている猫が死んで夢の中で出てきても、決して人間の姿じゃないと思う。ちょっと過剰な演出のような気がします。徹底的に現実的な映画だったらかなり評価よかった気がするのですが、、、原作が漫画?だからというところでしょうか???

 まぁとにかく小泉今日子さんと猫のグーグーで◎の映画です。
 
 
 

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画「闇の子供たち」上映! [movie]

 やった!佐世保でも映画「闇の子供たち」の上映があります。アジア映画祭Vol.8 日程10月31日(金)〜11月3日(月・祝)内で計2回上映です。うおー!、観に行くぞーい!やったー!ありがとう。2006年ベネチア映画祭で金獅子賞の「長江哀歌」(ちょうこうエレジー)上映もあります。DVD出てるみたいだけどまだなので、これもぜひ観たい。1作品1000円、3作品で2000円だよな、あと1本は何にしよう。

 うっほーい、楽しみ。
 
 
 
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

佐世保で映画 [movie]

 映画:「ぐるりのこと」公式HPで、ずっと佐世保映画館シネマボックス太陽「近日公開」となっていたので楽しみに待っていたのだけど、全く動きがない。仕方ないのでシネマボックスに電話してみました。そうしたら「あー、最初ウチで公開を検討する動きがあったのですが、今はなくなりました。その時のまま載っているんですね。」と、、、。
 
 
私:「え?では佐世保で上映する予定はないのですか?」
映:「すみませんが、ないです。」
私:「・・・・」

私:「グーグーの上映予定は?(可能性ないと思ってましたが)」
映:「グーグーだって猫である ですね、ないですねぇ。」
私:「闇の子どもたちは?(これはもっと可能性ないでしょうが)」
映:「すみませんが、、、ないですね。」
 
 
 あーーー、ですよ。最近もう1匹小猫を引き取ったこともあって、妻と娘が「グーグーだって」を長崎に行ってでもぜひ観に行きたいと言っているので、私ひとり「ぐるり」に行くか「グーグー」を観るか、難しいところです。

 佐世保で一番大きな映画館はシネコンとはいいつつも単館系の映画はかなり弱く、傾向として「あー面白かった」と劇場出たらスポーンと頭から抜けてしまうようなのばかりやる。8月の上映も「崖の上のポニョ」以外は観る気がしないんですよ。ちょっと良さそうな映画は、長崎市か福岡市どっちかに行くことになりエライこっちゃなのです。今回福岡に行くなら「闇の子どもたち」という選択肢もあるけれど、妻の目的は「グーグー」なので行くのは気楽な長崎市かな。どっちにしろ佐世保市外で映画を観るとなると割引ないんですよね、これが痛い。

 まいっちんグーです。
 
 
 
nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画:崖の上のポニョ [movie]

 「崖の上のポニョ」観てきました。ネットであまり記事かかれていないように思うのだけど何故?なんかいろんなこと言われてますが、私は絶賛に1票入れます。1年以上前にNHKで放送されたポニョ制作の話、そこで「今までとは違って、今度は子ども向け映画になること」、「出てくるのは人面魚」、「絵は色分けがあまりなく単純化されたものになること」、その3点は頭に入っていたのですべて想定の範囲内でした。想像を越えていたのが海の表現、ネットでは恐ろしいくらいと書かれていたのが納得。これはすごい。ストーリー的なことは何も見ずに行ったのですがこれって子ども版人魚姫なんですね。子どもを育てたことのある人なら「ぐっと」くるような子どもの描かれ方があって、何気ないシーンでじわっと涙が出て来そうになりました。

 今まではどちらかというと大人向けの映画を作っていたジブリ、子どもが観る映画への原点回帰。今までのジブリ映画でも謎解きをしないのは普通。すべて「そういうもの」という前提で作ってきています。今回のポニョは対象年齢を下げて子どもが難しいと思うことは意図してはずしたことで、かなり「説明不足」と思われてしまうのかもしれません。大人に対しておそらくフォローの意味で作っているのが映画後半、ポニョのお母さんと宗介のお母さんがずーっと話をしているカット。あそこで強引とも思われなかねない設定のつじつま(映画ポニョの世界の中での理屈や世界の仕組み、整合性)を無言だけれども大人に話すシーンとして観ている人に伝えているのでしょう。

 エンディングもスクロールなし、すべてのスタッフが並列でだーっと見せて終わり。子どもにあの長いエンドスクロールは酷だということからでしょうね。なんかあまりにも余韻がなかったので、ちょっと「え?これで終わり?」と(笑)。子ども向けだと思えば至極納得。

          ***

 NHKプロフェッショナル 仕事の流儀8月5日放送で宮崎駿のすべて〜ポニョ密着300日〜」をやってましたが、番組でポニョを扱うのは2回目。初めてポニョを見たのが、2007年3月27日放送 第45回スペシャル「映画を創る〜宮崎駿・創作の秘密〜」。新作(ポニョ)準備室を立ち上げるところからイメージボード描き上げ、スタッフが集結し映画制作スタートまで。先日放送のは昨年放送以降の後編ということですね。

 先日映画を観た後で改めてプロフェッショナル昨年放送分を観ました。その中で宮崎監督はこの映画の最初、映画の方向性を示す覚書で「精度を上げた爛熟から素朴さへ舵を切りたい」と。目指すのは素朴なアニメーション、影やハイライトをつけない素朴な絵、素朴な絵で単調にならないアニメーション。この映画の本質は「魚の大津波」だと監督は言ってました。

          ***

 ちょうど映画を観る前に読み終わったのが、岩波新書刊 鈴木敏夫著「仕事道楽 スタジオジブリの現場」。ジブリのプロデューサーが書いた本です。これは面白かったですよ。しかし、今ひとつ映画プロデューサーっていう仕事が理解できないでいます。クリエイターである宮崎駿さんの能力が最大限発揮されるようにバックアップするのがプロデューサーの鈴木敏夫さん?。本で言うと作家と編集者という関係なのかな?と思いますが?ただ、本と違ってかなり大勢で1つの作品を作っているので、全体を見ながら作品をコントロールしてブラッシュアップしていく。一般的な「統括マネージャー」みたいなもんでしょうか??縁の下の力持ち、宮崎監督が好きなように作品を作れるのは鈴木敏夫プロデューサーのおかげだそうです。

  映画関係論 - 映画製作現場の裏側:崖の上のポニョ

 この本を読み終わってそのままジブリの本を続けたかったのだけど、丁度旬なのは先日出版された 岩波書店刊 宮崎駿著「折り返し点—1997~2008 」。¥2835はちょっと今買えないよな、、、。これが(2)なら(1)に当たる スタジオジブリ刊 宮崎駿著「出発点—1979~1996」、初版で買っておきながら読んでなかったのでこれでとりあえず満足させよう。

          ***

 今公開中の映画:ポニョとスカイ・クロラ、ヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門にノミネート。あまりにも対照的な監督のような気がしますが、ヴェネチアではこの正反対の作品のどっちを選ぶのでしょう(どっちも選ばれない可能性も大)。

 スカイクロラ、先日NHKであった放送を最後のちょこっとだけ観ました。押井監督が「生きるってことは辛いものだ。若い人よりトラック競技で1周多く走ってみてそう思った。並んだ若い人達にそういうことを言いたかった。」みたいなことを言ってました。「生きるって辛いこと」この言葉が最近妙に響いてます、、、

 宮崎監督は長編はポニョで最後だと言ってますね、惜しいです。



仕事道楽―スタジオジブリの現場 (岩波新書 新赤版 1143)

仕事道楽―スタジオジブリの現場 (岩波新書 新赤版 1143)

  • 作者: 鈴木 敏夫
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2008/07
  • メディア: 新書



出発点―1979~1996

出発点―1979~1996

  • 作者: 宮崎 駿
  • 出版社/メーカー: スタジオジブリ
  • 発売日: 1996/08
  • メディア: 単行本



折り返し点―1997~2008

折り返し点―1997~2008

  • 作者: 宮崎 駿
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2008/07
  • メディア: 単行本



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画:時をかける少女 [movie]

toki.jpg
 
 先日TVで放送があったので録画で観ました。昨年のTV放送は逃していたし、第30回日本アカデミー賞 最優秀アニメーション作品賞なので観てみようか?と。「時をかける少女」と言えば原田知世でアノ曲が頭をまわるけど、観た記憶がない。当時の角川映画全盛期の映画のストーリーは何も覚えてません。このアニメ映画が実写版から30年後の設定というのもさっきネットで知ったのです(笑)。この映画、賞をとるのもなんかわかりました。こんな青春時代は私の中ですでに風化してしまっているけど、高校生くらいだったらすごく響く映画なんでしょうね。

 タイムリープ(時間跳躍)で過去に遡ってやり直せるのがこの映画の核だけれども、この手の映画を観ると、なんか複雑なことを考えてしまうのです。映画:ターミネーターでは未来から来た人が息子(ジョン)の父親、まだ生まれていない。自分が歳とった時に過去に送り込んだのが自分の父親で、この時点で時間的にはループになってしまっているのですよね。

 私個人の考えでは、自分が今意識している世界と決して交わることがない別の世界があると勝手に思っています。曲がり角を左に曲がったけれど、逆にそこを右に曲がった世界。今歩き出したけれど一瞬ためらって1秒後に出た世界、2秒後に出た世界。あらゆるところで分岐点があって、自分が選んだのとは別の自分が決して交わらない世界(並行世界:パラレルワールド)として存在すると。不慮の事故でたまたま自分が死んでしまったとしたら、それはチョイスしてきた道が運悪く最終的に行き止まりになってしまったということ。他の分岐を選んでいたら生き残ってまだ先が続いていたはず。しかしダメだったからといって他の道に乗り換えることはできず、そこから先に進むしかない。

 タイムリープ(タイムマシン)は、世界が正常に流れていく上でタブーの存在だと思います。今学者が時間を跳躍できる技術が完成したと発表しても、その技術を過去に持っていってその前日に自分のアイデアだと発表すればいい。過去に死んでしまった人を助けたことで、後で生まれてこない人もいるはずです。過去に触れることがどう影響するのかわからない。未来は不確定となり、すべての世界の出来事は時間的に最初の1点に集約され、時間的レールの上で分岐をしていく世界の本道とは相いれないため、脇道として切り離されてしまうはずです。もし今TVで「時間を跳躍する技術が確立されました」などと放送が流れようものなら、自分のいるこの世界は実は未来へ続く本道ではなかったのだ、、、と私は相当ショック受ける気がします。実はデッドエンドなのだろうと。

 アインシュタインは光の速度を突破すれば時間を遡ることが可能だと言っています(光の速度より早いものはないのですが)。今ロケットを宇宙に向けて飛ばして光の速度より早く旅行して地球に帰ってくれば、そのロケットを飛ばす瞬間にも立ち合って自分に向かって「いってらっしゃーい」と言うことができるということなんですよね。でも、最初そのロケットを打ち上げる瞬間には隣で「いってらっしゃーい」と言っていた人はいなかったのに???自分の中の記憶はどうなるのでしょう。その時から自分は宇宙と地球と二人いる訳ですよね?混乱します、、、アインシュタインのような天才でないと理解できないんでしょうね??
 
 
 
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画:クライマーズ・ハイ [movie]

ch.jpg
 観てきました。平日朝ということもあり佐世保の映画館では客は3人。ギリギリ行っても必ず座れるというのが良いところ。

 予想はしていたけれど、映画の展開はメッチャ早い。最終的に群馬に落ちて「もらい事故」に確定するのも早かったし、生存者が見つかるのも「え?もう?」というくらい早かった。「墜落地点は群馬」と決まるまでの主人公の思いがその後の印象を決定付けたと思うのだけど、、、。それと原作読まずに映画にきたら、微妙な人間関係についていくのにギリギリで圧倒されるかもしれない。原作にあった北関東新聞社内の軋轢や人間関係もそのまま再現され、かなりリアルでした。

 群馬県上野村で主演:堤真一が挨拶して先行上映しましたが、上野村の人たちにこそ観て欲しかった映画なのかもしれません。鎮魂と追悼の感がベースから感じられます。主人公:悠木和雅を演じた彼(堤真一)はかなり好感度アップです。挫折と孤独、小説の通りのイメージ。自分一人の思い通りにならないのは社会(会社)の常、それでもサラリーマンとしてここまで頑張れる姿はカッコいいと思いました。堤真一本人が上野村で「自分の代表作と言っていい作品になりました。」って言ってましたが、そう言っていいと思います。とにかく良かった。

 始まってすぐ「CRYMERS HIGH」と英語ロゴが出たけれど、あれいるのか?と思いました。ロゴはデカイしダサイし、次に小さく片仮名で「クライマーズ・ハイ」と出るのであれだけで良かった気がするのですが??それと気に入らなかったのが最後がニュージーランドで終わるところ。原作はそうだったっけ???何故ニュージーランド????納得いかなかったのはその2点だけ。

 佐藤浩市主演で2005年12月に放映されたNHKドラマの「クライマーズ・ハイ」がDVDになっているようなので、レンタルされているか探してみよう。
 
 
 
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

マイク水野逝去 [movie]

sibecho.jpg
 水野閣下が亡くなられた、と仕事の昼休憩中にTVで流れてました。ショック、、、映画シベ超最終回の巻(6)でまた長崎に来て欲しいと思っていたのに。シベ超5を引っさげて「シベ超祭り」で来てくれたのが2005年11月、楽しいトークとサイン会でプログラムに閣下のサインと握手してもらいました。次回また来てくれるのならぜひ行こうと決意してたのですが、その後の体調不良などの話から「シベ超6」(実は6制作の前に7をすでにやってしまってます(笑))はちょっと厳しいかな??と何となく思ってましたが現実に、、、残念で仕方ありません。閣下逝去特別番組とかで映画シベ超シリーズ一挙放送とかないのでしょうか???

 日本のエド・ウッドだった水野晴郎閣下、日本映画史上これを越えるカルト映画は生まれないはず。監督:北野武がベニスでの会見の時に気になる映画監督は?と聞かれて「ゴダールと水野晴郎が気になる」と答えたくらいです。これはシベ超を観たことがなければわからないのですが、とにかく楽しく映画を作っているのがよくわかります。つじつまが合わないや強引すぎるというのは二の次。出演者が展開上の疑問を閣下に質問すると「いいんだよ、映画なんだから」「その場面の面白さがあれば理屈はいらない」と言ったのだそうです。どう評価されようが「映画を作るのが楽しい」それを貫いて作品を作り続けた監督だった気がします。エド・ウッドのようにシベ超の業績は今後認められていくことでしょう。
 
 
 シベ超6の制作発表も間近だったみたいでホントに残念でなりません。ウチの娘にも「すごい日本映画があったんだ、パパはこの人と握手してサインまでもらったんだよ」と伝えていきます。とにかく残念です、、、
 
 
 
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画:スタローン祭り [movie]

CRW_3542.jpg
 Canon PowerShot G3(佐世保シネマボックス太陽)

 5/30(金)仕事休みだったので、映画「ランボー theFINAL 怒りのミャンマー」を観てきました。実際にミャンマーで起こっている現実とかなり近い形で映像化されているというのに触発されて観に行ったのです。ランボーを観たのは遥か昔TVで1と2だけ。2はかなり電波状態が悪かったので90%理解不能状態での観賞でした。今回ランボーに期待したのではなくてそこの舞台。いやぁ、あの映像はすごすぎですよ。人が殺されるシーンがフィルターなしで迫ってきます。大量の血とちぎれる肉体です。民主化の流れをひっくり返してアウンサンスーチーさんを軟禁し、タイ国境のカレン族を武力で制圧しようとするミャンマー軍事政権は映画の中では虐殺集団として描かれています。同じ国の民を襲撃して皆殺し、あのような虐殺が実際に起こっているというのを監督のスタローンはランボーの形を借りて世界に発信したかったのかもしれません。あまりにも衝撃が大きく、ミャンマーのことを知らなさすぎだったので、映画終わってそのまま「くまざわ書店」に行ってミャンマー関係の本の検索をしました。が、全くと言っていい程在庫なし、、、

 スタローンもさすがに若くなく、パワーでガンガン押しまくる姿はなかったですね。でも役者としても監督としてもかなり見直しました。そのまま終わるのがもったいなかったので、TSUTAYAに行って「ロッキー・ザ・ファイナル」を借りてきました。ロッキーも1〜3までしか観ていません。前評判良かったロッキーのファイナルだけど、「今更ロッキーかよ、、、」と公開時に思っていたのが、今回のランボーを観たら今のスタローンならかなりイイ映画を作るのかも?とかなり期待。

 ランボーに続けてロッキーと勝手に「スタローン祭り」。夜布団に入って、ヘッドホンをかけてパソコンで観ました。60分くらいまで全くボクシングの気配なしだけれどもドラマとしてかなり秀逸です。深いです。そこからの残り40分から一気にボクシング。映画公開時のチラシに「相手の挑発や復習などの理由でリングに復帰するのではなく、プライドと尊厳をもって無謀な大試合に身を投じるロッキーの清々しいまでの闘魂が、観る者の熱い共感を誘う。」と書いてあります。負けると分かっている試合、それでも全力で向かう姿に号泣し、ラスト清々しい気分で去っていくロッキーの姿にぐわー!っと号泣です。エンドロールで真っ黒な中ロッキーのテーマ(かな?)が流れてきてまた号泣ですよ。すばらしい、またロッキーシリーズを観たくなりました。
 
 
 



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

eva序 [movie]

eva.jpg
 「エヴァンゲリヲン新劇場版:序」レンタル開始です。とりあえずもう1度観ておこうと借りてきました。DVD盤面にはevangelion1.01と書かれているということは、次回公開「破」は1.02になるのでしょうか?この「序破急?」シリーズの後で、もしまた新バージョンで公開されることがあれば2.01から?

 今回また観て思ったのだけど、やっぱり前作映画の続きのような気がしてなりません。赤い海、、、アダムとイブになったシンジとアスカから数千年後でやっぱり歴史は繰返されるのだよねぇ???とか(謎)。四部目が終わる時、「ここからまた物語は始まる」なんて予想もつかなかった大ドンデン返しで終わるのか?謎だけ振りまくだけまいて適当にホン投げて終わるのか?どっちかでしょうね。

 ここまで書いていてふと思ったのだけど、もしかすると前作TVシリーズを作っている時に庵野監督が思い浮かんでいた別のシナリオがあって、それを今回四部作で公開しているとか?パラレルワールドみたいに。そうならかなりの部分がオリジナルと同じというのも納得。前のと区別するということで海を赤バージョンにしているのかな?

 ま、待っていればいずれわかる(のかな?)こと。
 
 
 
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:アニメ

やはり初代ガンダムはすごい。 [movie]

gundam1.jpg
 
 少し前、TVで再現VTRが流れている時に何故か映画ガンダム3部作の曲を使っているのがありました。それを見てから突然「めぐりあい宇宙編」を観たくて。休みの日、2時間以上続けて観ている時間がなかったのでリモコン片手にダイジェスト鑑賞。いやぁ、やはりすごいです。確か、小3年?の時に本放送があって、その後の再放送でブームに火がつき、中1年?の時に映画三部作が始まったような気がします。ブーム当時、TVの再放送も観る機会がなく、私は映画数年後の暮れに三部作のTV放送で、初めてガンダムというものをきちんと知る訳です。これを劇場の巨大スクリーンで観たとしたらその衝撃は計り知れないな、、、と当時思いました。しかし、さすがに映像は古いと感じざるを得ないですよね、、、「めぐりあい宇宙編」はまだ描き起しがあるからいいですが、その前2作はちょっとキツイです。3部作のリメイクの要望はかなりあるようですが、監督は作らないと言い切ってますし、、、サンライズの最後の切り札としてとってあるんでしょうか?エヴァも再作画で映画やっていることですし、そこを何とか。
 
 私達は丁度ガンプラに夢中になった世代です。私はほとんど買いませんでしたが(正確に言うと買えなかった)。熱狂的なガンプラブームを体験していない世代にそのフィーバーぶり(死語)を例えようとしても、それに値するものが見当たりません。ガンプラが店に置いてないのは普通。入荷したのも客に教えないし、どのモビルスーツが入荷しているのも教えない(教えたらパニックになるから)。悪徳で儲けようとするオモチャ屋は他の売れないプラモデルと抱き合わせ販売するのです。それでも売れる。普通は店員の方が買ってくれたら「ありがとうございました。」なのだけど、その当時は売ってくれた店員に客が「ありがとうございました。」と言うのです。完全に主導権はおもちゃ屋の方、中学生なのでそんなにお金を持っている訳ではないので、欲しいガンプラ1点狙い。毎回必ず欲しいのが入荷される訳ではないようで(確認のしようがない)、意地悪されようが適当なこと言われようが無視されようが、ただ黙って指を加えて耐えるだけでしたね。

ガンダム・モデル進化論 (祥伝社新書 (004)) かなり前に発刊されているけれど、今 柊二 著「ガンダム・モデル進化論」。何が進化論なんだろ?と最後まで疑問に思いながら結局買わずに立ち読み。プラモデルの技術的なことや購買層が求めるモノとメーカーとのギャップなど、そこら辺のスゴい話かと思いきや、ガンプラをめぐる当時のことを書いているだけのような?、、、背に004と番号が入っているということは祥伝社新書創刊時のラインナップの1つで、気合い入った1冊なはずなのだけど。

造形集団 海洋堂の発想 (光文社新書) モデルと言えば、模型メーカー海洋堂社長:宮脇 修一さんが書いた、光文社新書刊「造形集団 海洋堂の発想」は面白くて一気読み。ここまで情熱があると感服せずにはいられません。

 めぐりあい宇宙編を観た後、安彦良和第1回監督作品「クラッシャージョー」が観たくなりました。これも中学生の時劇場で観た映画。同じ時期に公開され、幻魔大戦かクラッシャージョーにするかで悩んでこっちを観た記憶があります。オーケストラで流れるOPで感動したなぁ、、、。社会人になってから何の用事だったか忘れたけど、秋葉原にふらっと行った時、LD(レーザーディスク)が売っていて衝動買い。ディスクが反ってなければまだ観れるはず、屋根裏からプレーヤーも含めて探さないと、、、
 
 
 
 
nice!(1)  コメント(2)  トラックバック(1) 
共通テーマ:映画

ベクシル -2077日本鎖国- [movie]

vexille.jpg
 
   ベクシル -2077日本鎖国-:http://www.vexille.jp/
 
 世界129ヵ国で公開らしいです。登場人物の顔の作りからしてターゲットは世界の感じ。同じフルCG映画アップルシードの絵柄の方が日本的(少し萌え系入り)です。この映画も人間の演技をそのままCGのモーションに使っているのでしょうか?そんなことはどうでも、今のCG技術はすんばらしいです。
 
 アップルシード EX MACHINAは途中から観ていないので比較するのも何ですが、ベクシルのスピード感はすごかった。でもストーリー的には意表をつくこともないし、ハラハラドキドキすることもないし、まぁこんなところでしょうか。やはりフルCGの限界はあるでしょうね。感情移入ができず、どこか冷めているので「まぁこんなもの」という感想になった可能性は高いです。過去のWIRED VISIONに人物の3DCGが高解像度で人間に似せようとリアルになればなる程、逆にゾンビに見えてくるのだという記事がありました。これは「不気味の谷現象」というそうです。
 
 
   WIRED VISION:2005年12月12日
   リアル過ぎる『Xbox 360』用ゲームと「不気味の谷」現象
   http://wiredvision.jp/archives/200512/2005121201.html
 
 
 ベクシルの中で出てきた中でかなりツメが甘い存在だったのが「ジャグ」という巨大チューブ状の何か(生き物でもないし機械でもない)。かつて人間だった機械の怨念や情念だけで動いているらしく、機械に反応してひたすら飲み込み続ける。この世界では機械と魂は別にあり、元々人間だったのが体内に入ったマイクロマシンで機械となってしまった人間にも魂があるというのが根底にある訳です。細胞を金属パーツに変化させることは不可能だと思うのですが、生体反応がないという設定なので100%機械と判断していいということです。その魂は果たして人間の魂なのか?単なるプログラムのアウトプットなのか?電気信号がなくなってしまってもプログラムとしての意識は残るものなのか?


シークレット・ライフ―物たちの秘められた生活 (ちくま文庫) 膨大な実例から、魂のないはずの「モノ」に何が起きているのかを考えさせてくれる本、ライアル・ワトソン著「シークレット・ライフ」。「非生命」と「生命」の境って何なのか?ちょっと考えます。この本の中に米国国防総省のコンピュータが様々な端末の情報から勝手に「核攻撃を受ける」と判断して、全面攻撃の一連のシーケンスを進めようとしたことがあったと書かれています。この国防総省のネットワークは膨大になりすぎて、すでに実態がつかめないほど複雑怪奇になっているとか。

 意識をピラミッドの形で考えると意識下で下の方に行けばいくほど情報は具体的だけれども非決定的、上に行けばいくほど情報は抽象的だけれども決定的。「攻殻機動隊」の中でネットワークが複雑になり、情報の海から生まれた生命体というのも、脳自体の仕組みからしたらアリ。「情報の海から生まれた生命体」がコミュニケーションをしても、単なるプログラムに過ぎないというセリフがあった気がしますが、もし目の前の人が実は全て機械だとわかった時に目の前の人(?)の魂は人間の魂のようなものなのか?感情(定義が難しいですが)ではなく単なるプログラムの反応パターンなのか判断できないですよね。人間の意識ですら電気信号ネットワークの結果だと思うので、果たして何が違うのか???

なんて思うと頭が混乱してくるのです。
 
 
 
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画:めがね [movie]

FirefoxS011.jpg
 妻が佐世保の映画館で観て、すばらしく良かった!と言ってました。佐世保では短期間で上映終了なため、私は結局劇場で観れず。その時から妻は「これはDVD出たら買っていい」というお達しが。

 先日からセル&レンタルが開始となり、とりあえず借りてきて観ましたが、これがまたすばらしく良い!監督の前作「かもめ食堂」も良かったけれど、これもすばらしい。セルBOXは3枚組でDISC2にはメルシー体操完全版が収録。映画観た後「メルシー体操を覚えたい!」と言っていた妻もこれにはノックアウト。翌日さっそくBOX買ってきてしまいました。BOXの中には3つの箱が入っていたので、てっきり1枚づつなんだろと思っていたら1つの箱に3枚のディスクが。え?後2つの箱は?と思ったら1つはメルシー人形が入っていて、もう1つは写真集でした。映画のエンディングでスチール写真が出てくるのですが、この写真がいいのです。こういう写真が撮れるようになったらいいなぁ。隅々まで緊張感があってカッチリした感じのする写真です。サウンドトラックも秀逸なのだけどレンタルされていなかった、、、

 学生の頃、地方の友人のところに遊びに行っていい?と聞くと、「来ても何もないよ」とよく言われました。「何もないのがいいんじゃん」と言って行くのですが、その土地の人の感覚も都会を基準にしているんですよね。主人公と同じように、都会の人は「たそがれる」ことを忘れている気がします。都会の子どもはそういうことをインプットされずに育つんですよね。ある意味不幸だと思います。海行ってシーグラス拾ってぼーっとして夕方帰ってくる。そういう時間の過ごし方をしないですもんね。回転し続けることが都会の生き方で、なんか立ち止まることを良しとしない。「たそがれる=疲れてしまった人、都会の流れからはずれてしまった人」のような構図があるのかな?

 先週、体が急に変調を来たして水曜日は体が動かなくなり仕事を休みました。ほぼ1週間ブログ更新しなかったのは体調不良のため、今もまだ完全復活とは言い難いのです。毎日忙しいんですよね、、、妻と「何も予定のない休日に、ジョイフルでいいからコーヒー飲みながらずっとぼーーーっとしたい」と言っています。欲をいうなら、めがねの舞台与論島でたそがれてみたいですが、、、
 
 
   映画:「めがね」公式サイト
   http://www.megane-movie.com/
 
 
 
めがね(3枚組)

めがね(3枚組)

  • 出版社/メーカー: VAP,INC(VAP)(D)
  • メディア: DVD



nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

EX MACHINA [movie]

appleseed.jpg
  前記事(2007年10月14日):APPLESEED - EX MACHINA -

 DVDレンタルが開始されたので観ました。DVD2本借りてこっちは2本目、夜遅くから続けて観たので時間的に相当遅くなり途中でストップてしまいました。うーん、後の残りは観ないかな?映画館に観に行かなくて良かった気がします。前作APPLESEEDより少しマシな感じはしたけれど、想像通りというか、こんなものかという今回のエクスマキナ。萌えな感じもするし、アニメマニアも喜びそうな作りがちょっと鼻につくのです。限りなく実写映画に近い立ち位置で作ってくれたらうれしかった。主人公の一人デュナンは訓練されているとはいえ普通の人間。曲芸にもなるようなあのアクションはありなの?サイボーグでもバイオロイドでもないはずなんだけど、ポテンシャルからの三者の境目はどこなのか?わからなくなります。

 原作著者がいうには、APPLESEEDは未完のまま終了ということだそうです。ちょっとウロ覚えなのだけど、時代のスピードと方向を考えると今後この物語を継続していくことにムリがあるというようなことを言っていたらしいですが。頭の中には壮大なシナリオがあったはずなので、もったいないです。

 前作APPLESEEDが超ハイスピードで製作されたけれど、システムに投資した資金に見合う収益が上げられなかったので、今回同じ作り方でエクスマキナを作ったような気がしますが?世界公開予定の「ベクシル 2077日本鎖国」も同じ流れですかね。APPLESEEDと違って先入観なしで観られそうなので、近々借りてこようかな。でも、これも失敗するんでしょうか???
 
 
   ベクシル -2077日本鎖国- Vexille 公式サイト
   http://www.vexille.jp/
 
 
 
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

劇場映画3本 [movie]

もう寝なきゃいけない、、、備忘録として。

 日曜日、朝から雪が降ってましたが妻と娘と3人で映画:アースを観に行きました。NHKスペシャル:プラネットアースを観ているような錯覚。「あ、あの回の時に撮ってあった映像だな」とか、そういう目で観てしまうのですよ。翌日娘が幼稚園の先生に「アース観たよ」と言ったそうです。先生が「どういう映画だった?」と聞いたら「ちきゅうおんだんかで、どうぶつがぜつめつしちゃうかもしれないというおはなし。」と言ったそうです。内容をきちんと理解しているんだなと。

 映画の後、2時間程くまざわ書店で本の物色。文春新書刊 金 益見著「ラブホテル進化論」と、ちくま新書刊 東郷雄二著「打たれ強くなるための読書術」を買いました。2冊ともすでに読了。この2冊は良かった!後日。

 雪が降ったり止んだりしていたけれど、夜は温泉に行こうと話に。世知原(佐世保市内)の山暖簾に行ってきました。初めて行ったけれど、驚く程山の中だねぇ、、、住んでいた千葉や東京だと「温泉に行く」=「イベント」になってしまうのだけど、九州だと温泉も車で銭湯に行くくらいの感覚。1人で男湯にのんびり入ったつもりでも、女性の風呂にかかる時間はこっちの想像以上に長くて、待っている間に今日買った新書1冊ほぼ読み終わりました。

    ***

 月曜日は、朝に娘を幼稚園に送った後、家から歩いてエクラン東宝で「陰日向に咲く」を観ました。妻も朝イチ仕事を速攻終えて合流。終わってから速攻弁当かけこんで、娘の小学校入学前の説明会に。夜は私はミーティング(仕事でない)で家に帰ってきたのが23:00すぎ。晩ご飯も食べてなかった。

 「陰日向に咲く」原作は読んでなし。なんか後半じわじわとずっと涙が出てきました。でも、最後の方4人が同じ部屋にいるあのシチュエーションはなくてもよかったんじゃないか?と。出てくる人達がお互いリンクしていくだろうなと思ってはいたけれど、4人があの部屋に集うというのはちょっと強引。1つ1つのストーリーがきちっとできているので、ニアミスくらいでも丁度良かったと思いますが。少ない人間関係で世界が完結してしまうのはTV的だと思ったけれどなんか許せた。逆にいつもそういうのを「ある訳ないじゃん」と思わずに、どっぷりはまってしまう妻が強引すぎると言ってました。そんなこと差し引いても抜群にいい映画だと思います。邦画もやりますね。岡田君はいい俳優です。

    ***

 昨日(水曜日)は仕事が終わった後、20:00から映画:アメリカン・ギャングスター観に行ってきました。もう今週は映画観ない(笑)。社会派実話ドラマでかなり骨太です。観応え充分、さすがリドリー・スコット、これくらいやってくれたら、、、という期待を裏切りませんでした。この監督は私の中では「グラディエーター」から評価MAXになってます。150分くらいでしたかね?一気です。面白かった!麻薬を扱った社会派映画の緊迫感はたまらないです。先日観た2本の映画よりかなり☆多し。麻薬関係の映画で私の中では「そして、ひと粒のひかり」が秀逸。コロンビアで実際ある事を映画にしていて、これ程ダメージを受けた麻薬系映画はありませんでした。「アメリカン・ギャングスター」と「そして、ひと粒のひかり」はテーマが麻薬でも同じ線上には乗せられないのでどちらも上です。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画:サーフズ・アップ [movie]


 今月15日から劇場公開の「サーフズ・アップ」。公開前から見たい映画じゃなかったのだけど、試写会が当たったので昨日娘(6歳)と行ってきました。何も考えず試写会に来て、席についてから「あ!日本語吹き替えじゃなかったらどうしよう」というのに気がつきましたが、最初タイトルが出た時に「日本語吹替版」と出てホッとしました。娘がぷーっとふくれるところだった。

 ペンギンのCGアニメーションの映画って最近なかったっけ??と思っていたら「ハッピーフィート」、こっちの方はダンスだったような?(観ていないので)。「サーフズ・アップ」はサーフィンの映画。ディズニーでは作れないようなゆるい感じがいいです。結構笑えたし。試写会だからこそ行く映画なのだろうくらいにしか思ってませんでしたが、娘と観た「カーズ」「レミーのおいしいレストラン」と比べたら「サーフズ・アップ」の方が断然面白い。サーフィン映画のテイスト、アッパーな感じの音楽がばっちり合っていい雰囲気を出してます。GREEN DAYの「WELLCOME TO PARADISE」がかかった時は「おおーー!なつかしい!」と。最近の米国のCG劇場アニメは音楽が秀逸です。サントラ借りてこようかと思う。この映画は張りつめた緊迫感のない?このゆるさが心地よく、比べると逆にディズニーは子ども向けという枠組みに押し込まれていて、ちょっと息苦しい感が否めません。キャラクターはペンギンらしい行動は残しつつ人間らしい立ち振る舞いをしていて、よく作ってあります。それと、あのCGの波のすごいこと。海岸線からあの距離であの高さの波はもう津波ですよ(笑)。クレイジーなサーファーのドキュメント映画「ビラボン・オデッセイかよ!」とつっこみを入れたいくらい。でもその津波も海岸線に到達する前に普通の波に変わってしまうのはご愛嬌。ライドする所で一気に海底が浅くなって波が立ち上がり、海岸線前で一気にまた海底が深くなっているので打ち消されていると解釈しましょう(笑)。
 
 しかしまぁ、このちらしではあまり面白そうには見えないんですよね、もったいない。 ありえないビッグウェーブに乗っているサーフィン感を前面に出した方が良かったような気がしますが。どうなんでしょ。

 予想に反して大人が面白かった映画でした。オススメ。

 
 
  サーフズ・アップ - オフィシャルサイト
  http://www.sonypictures.jp/movies/surfsup/
 
 


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画「日本の青空」 [movie]


 映画「日本の青空」を観てきました。佐世保で昼夜の2回上映で550人の入場って言ってましたかね?今の日本国憲法はGHQが押し付けたモノという認識が大方だけれども、GHQがベースにしたのは日本人が作ったモノなのです、というお話。改憲反対のプロパガンダ的な映画かと思いきや、すんなりと入っていけて押しつけがましいモノではありませんでしたよ。

 これはめちゃくちゃ感動した。だって、この話は映画の中だけの内容じゃないのですよ、意識することはないけど、リアルにここにある民主主義について描かれているのです。今、男女は普通に平等だけど、これもその日本国憲法の草案になった、民間人「憲法研究会」の私案がなければ男尊女卑はもしかすると普通だったのかもしれない。こうして平和に暮らせるのも「戦争放棄」の第九条があるから。憲法の私案を作った人達の、民主主義の未来に馳せる気持ちを思うとですね、これは純粋に感動ですよ。映画の中で今は亡き前総理の安倍さんがTV中継で話している内容をそのまま流しているのですが、改憲について「米国人が作った憲法なのだから、日本人が自分の手で作る」ということを言ってました。日本国憲法私案の中心人物となった鈴木安蔵を知らないで言ったのか?それとも「どうせ国民は知らないのだから」と自分の理屈に合わせるために確信犯的に嘘言ったのか?とにかく戦争に参加したくてしょうがないとしか思えない。憲法九条の戦争放棄条項をなくしたら、世の中は自衛軍(自衛隊ではなくなる)が中心の社会システムに激変するそうです。当然戦争OKで、国益という名の元に個人の犠牲は厭わないことになります。今、燃料の供給の問題がクローズアップされてるけど、米軍の戦争をテロ対策特措法により支援するのは憲法前文と第九条に違反なはず、今なしくずしに事実だけ積み重ねて改憲への足がかりにするのが目に見えてます。

 安倍ちゃんが言っていた「集団的自衛権」、同盟国や軍隊が攻撃されたら日本が攻撃されたこととみなすという権利(?)です。またお馴染みダカーポなのだけど、2007.09.19号(614号)の記事に、この集団的自衛権ことが載っています。今年5月の「集団的自衛権有識者会議」では、米国に向かうミサイルを日本が撃ち落としていいか?という問いに、答えは「OK」ということに。TVのフリップみたいに米国を狙うミサイルが日本列島の上を通って太平洋を横断していくの?そんなことするとすごい遠回りになるので、米国を狙おうと思ったら北極経由で行った方が遥かに早い。日本とはあさっての方向めがけて発射されるミサイルを撃ち落とすために、外国の領空めがけて日本がミサイルをぶっ放すことになるのです。それがOKだと言うのです。その後の展開は怖すぎる、、、。同盟国の軍隊が攻撃されたら駆けつけ応戦OKです。なんでまたそんなに戦争をしたいのか?

 以前記事(ここ)で書いた本、吉田敏弘著 岩波新書「ルポ戦争協力拒否」の第1章 戦争のできる国へ、第5章 戦争の加害者にも被害者にもならない も近々再読してみよう。

 映画「日本の青空」で描かれていた「戦争放棄」の条項は、日本で出した私案では課せられた条件に対して答えが出せずに白紙のまま。米国は白紙で出したその意図を組み上げ「戦争放棄」という文言で言い換えてくれて現在に至るのです。太田光・中沢新一著 集英社新書「憲法九条を世界遺産に」では、この平和主義について日本では当り前のように思っているけれど、これは世界からしたらかなり突飛な憲法条文なのだけど、今までそれを忠実に守れてきたというそこに日本の価値がある(という感じかな?)と書いてあります。かなり普通じゃない角度から見ているのだけど、九条について再認識する材料としてはいいのではないでしょうか?

 エンディングスクロールで各県で協力?をもらった団体?が県別に流れるのだけど、「我が長崎県はどれだけあるのだろう?」と皆期待したはずですよ、多い県は数十くらいあるのに、長崎県はたった1つ。あれだけ平和教育とか言っておきながら県でたった1つですよ。さすがに会場がざわめいていました。

 憲法九条に関しても、改憲の問題は自分の生活をも変る可能性が高いことなのにほとんど関心がない。この映画で、こんなに今の憲法は大事なものなのだということを改めて知らされたのですが、こういう映画に行くというのは「今まで知らなかったということを知る」というところが大きいのだけれども、それにすら気が向かない人達が大勢いる。アンテナを張らない人達が大勢いる。

 憲法で「戦争放棄」の文言が消えるような検討が始まるようならば、私ほんとアクション起しますよ(何で今しないのか?)。何が何でも阻止しなければいけない。

 

  日本の青空
  http://www.cinema-indies.co.jp/aozora/index.html
 
 
 


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。